抗菌と抗ウイルス

抗菌と抗ウイルス

人類と感染症の関わりの歴史はとても古く、紀元前1157年に死亡したエジプトのラムセス五世のミイラに、天然痘に感染した痕が確認されています。ウイルスや細菌の誕生が人類の誕生以前の出来事であったことから、人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まったといえます。中世ヨーロッパでも人口の約3分の1に相当する約7,500万人が死亡したとされるペスト、世界中で約6億人が感染し、死亡者数が2,000万人とも4,000万人ともいわれる1918年から1920年まで大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)など、感染症は多くの人命を奪ってきました。

その後、1976年にエボラ出血熱、1981年にエイズ(後天性免疫不全症候群)が出現するなど、1970年代以降に少なくとも30の感染症が新たに発見されています。これらを新興感染症といい、2000年代でも重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome:SARS)、中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)が出現しました。また、家畜や野生動物に感染する高病原性鳥インフルエンザウイルスや豚熱の流行などが発生しています。加えて、結核、マラリアなど古くからある感染症の中には、近い将来克服されると考えられていたものの再び流行する傾向が出ています。これらを再興感染症といい、近年アメリカにおいて急速に拡大しているウエストナイル熱などを含めて、様々な感染症が再び脅威となりつつあります。

開発などに伴う環境の変化によって感染症を媒介する昆虫の数や分布が変わり、人間が病原体対策のために抗生物質を開発し、これを予防薬として動物に投与することによって、耐性病原体が増加するといったように、ヒトを中心に動物や媒介昆虫を病原とする感染症のサイクルができています(図1)。感染症の脅威は、人口の増加や都市化、人や物の移動の高速化や広域化に伴う感染症の地球規模での流行によって大きくなっています。2020年から2021年にかけての新型コロナウイルス感染拡大はその典型的な実例といえます。

感染症の循環
出典:https://www.yakult.co.jp/healthist/220/img/pdf/p02_07.pdf(「ヒトとウイルス」共生と闘いの物語)

細菌・真菌とウイルス

細菌は目で直接見ることはできないほど小さく、一つの細胞しかないことから単細胞生物と呼ばれています。栄養源があれば自分と同じ細菌を複製して増殖していき、人の体に侵入して病気を起こす有害な細菌もいます。代表的な細菌性の感染症としては、百日咳、梅毒、結核、コレラ、ジフテリア、マイコプラズマ肺炎などがあります。それぞれの細菌が感染すると特徴的な病気にかかりますが、なかには同じ1つの細菌でもどこに感染するかによって、呼吸器感染症、敗血症、髄膜炎などのように、異なる病気を引き起こすものもあります。また、細菌よりサイズが大きく、人の細胞に定着して菌糸が成長と枝分かれによって発育する真菌(カビ)も、白癬(水虫)やカンジダ症といった感染症の原因となります。

ウイルスのサイズは細菌の50分の1程度で、自ら細胞を持っておらず、他の細胞に入り込んで生きていきます。ヒトの体にウイルスが侵入すると、細胞の中に入って自分のコピーを作らせ、細胞が破裂してたくさんのウイルスが飛び出し、他の細胞に入りこみます。タンパク質でできた「カプシド」という殻のなかに遺伝子情報となる核酸が収められています。ヒトに病気を起こすことがあるウイルスとして、インフルエンザウイルス、ノロウイルスなどが知られています。

どれも非常に小さいのですが、細菌や真菌は光学顕微鏡で見ることができるのに対して、ウイルスは電子顕微鏡でないと見えません(図2)。

細菌・真菌・ウイルスの大きさ(イメージ)
出典:https://kenko.sawai.co.jp/theme/202009.html(細菌・真菌・ウイルスの大きさ)

抗菌と抗ウイルス

抗菌製品技術議会(The Society of International sustaining growth for Antimicrobial Articles;SIAA)によると、抗菌とは「細菌を長時間増やさないようにすること」と定義されています。抗菌加工製品の場合には、加工されていない製品と比較したとき、製品表面での菌の増殖割合が100分の1以下(抗菌活性値2.0 以上)と規定されています。つまり、抗菌とは「菌をごくわずかしか増やさないこと」を意味しています。似たような言葉として滅菌、殺菌、除菌、消毒があり、それぞれ微生物を完全に死滅させること、細菌などの微生物を死滅させること、ある物質または限られた空間から微生物を除去すること、微生物のうち病原性のあるものをすべて殺滅・除去してしまうこととされています。対象が細菌に限定されたため、カビなどの真菌は含まれません。

抗ウイルスとは、ウイルスを不活化させることを指します。すなわち、ウイルスの外部組織を破壊することで、生物の細胞に侵入して増殖する機能を失わせ、活動を停止した状態にすることです。国際規格のISO21702では、プラスチック、セラミックス、金属などの非多孔質表面に対する抗ウイルス性能を評価しており、2019 年に制定されました。試験では、未加工品と比べて抗ウイルス加工品が試料表面でどの程度ウイルスの数を減らすかを調べ、24時間後にウイルスの数が100分の1以下になった場合に、抗ウイルス効果があると規定しています(図3)。

R = Ut – At
R:抗ウイルス活性値 Ut:対照試料の培養後の感染価 At:試験試料の培養後の感染価

抗菌と抗ウイルス
出典:https://nissenken.or.jp/control/wp-content/uploads/2019/07/20190701_2.pdf(抗ウイルス活性値の算出イメージ)

オゾン水による殺菌

オゾン水の殺菌効果は、細菌やウイルスを構成するタンパク質を、ヒドロキシラジカルによる酸化的変性させることで起こります。膜たんぱく質の酸化的変性、細胞膜脂質の酸化、細胞質成分の漏出などのマルチポイントを攻撃し、細菌やウイルスの構造そのものを破壊します(図4)。さらに、死んでしまった菌体を攻撃し続け、ヒドロキシラジカルによるDNAの酸化的切断を行い、遺伝子も破壊してしまうため、薬剤殺菌などのように遺伝子が温存されることなく、耐性菌などが自然発生的に誕生しません。

オゾン水による殺菌
出典:http://www.isikin.com/ozone/effect/(オゾン水の効果)

オゾン以外の抗ウイルス技術

セラミックコーティング
薬剤は平滑な表面に塗布すると、水や油に溶出するため長期的な抗ウイルス効果は期待できません。また、ウイルス不活性化物質を樹脂材料に練りこみコーティングする手法も実用化されていますが、樹脂皮膜内に取り込まれて表面には露出しにくく十分な効果が発揮できない、あるいは対象によっては密着性が悪くて塗布が困難なこともあります。そこで、ナノポーラスセラミックス膜に、安全で抗ウイルス性が高い界面活性剤を担持、固定化できれば、表面の洗浄や摩耗などでウイルス不活性化効果が長期にわたって持続し、実用的な抗ウイルスコーティングが創成できないかを調べました。コーティングでは、エアロゾルデポジション(AD)法によってアルミナ(Al2O3)ナノポーラス膜を作製し、これに消毒で広く用いられているクロルヘキシジン(CHX)を含浸させました。

ステンレス(SUS)の基板上に抗ウイルスコーティングを作製し、国際標準となっているウイルス不活性化評価試験(ISO21702)でA型インフルエンザウイルスに対する抗ウイルス効果を評価しました。その結果、残存ウイルスの量は24時間での抗ウイルス活性値は4.5以上、不活性化率で99.997%以上の抗ウイルス効果が確認されました(図5)。新型コロナウイルスはA型インフルエンザウイルスはと同じエンベロープ型ウイルスで、さまざまな界面活性剤で不活性化されることが報告されています。この評価結果で示された有効性は、新型コロナウイルスも同様だと考えられます。

ウイルスを短時間で不活性化できるコーティング技術を開発
出典:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210322/pr20210322.html(ウイルスを短時間で不活性化できるコーティング技術を開発)

光触媒
光触媒とは、光のエネルギーを利用して化学反応を促進し、反応の前後でそれ自身は変化しない物質のことを示します。光触媒の実用化は1960年代の日本の研究がきっかけであった。1967年に、東京大学の本多健一氏と藤島昭氏(当時)は、実験で水溶液中の酸化チタン(TiO2)電極に強い光を当てたところ、表面から泡が出ることを発見しました。水が酸素と水素に分解される現象は、酸化チタン表面での「光触媒反応」として、後に「ホンダ・フジシマ効果」と呼ばれることになりました。酸化チタンをコーティングしたタイルを製造し、病院の手術室で効果を調べたところ、タイルを貼った床や壁に加えて、空気中の細菌も減少していることが確認されました。このような経緯を経て、光触媒は、日本発の新技術として、様々な分野で応用可能な技術として期待が高まり、多くの企業によって様々な製品が開発されるようになっています。

光触媒に紫外線が当たると、タンパク質を分解する働きがある活性酸素が発生します。この活性酸素がタンパク質の分解によって、ウイルスの感染力を奪うため、光触媒に抗ウイルス効果があるといわれています。分解対象の選択性がないため、ウイルスの種類にかかわらず効果を発揮することが期待できます。ただし、基本的には紫外線が当たらない場所では効果が出ず、表面のみでの作用にとどまる点には注意が必要です。

光触媒による抗ウイルス効果のメカニズム
出典:https://www.kistec.jp/r_and_d/project_res/photocatalyst_index/(光触媒について)

オゾンによる抗菌・抗ウイルスの特徴

オゾン、セラミックコーティング、光触媒とも、物理的に細菌やウイルスの構造を破壊して効果を発揮する点では共通です。このうちセラミックコーティングと光触媒は、対象の表面への加工が求められるため、対応可能なところが限定されてしまいます。一方オゾンは、気体であれば対象を加工する必要はありませんし、液体でも水に濡れると故障のリスクがある機器類などでなく、金属やプラスチックの表面であれば対象物に影響をほとんど及ぼしません。使用する場面に応じて、コストや使い勝手などを勘案しながら選択することが大事です。

<参考文献>
●仲村亮正・文相喆・藤嶋昭.光触媒の発見から現状,そして将来展望.真空 2006;49( 4): 232-237.
●http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph144.html
(循環器病と新型コロナウイルス感染症-〝対コロナ〟・〝Withコロナ〟へ-)
●https://www.yakult.co.jp/healthist/220/img/pdf/p02_07.pdf
(「ヒトとウイルス」共生と闘いの物語)
●https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/04/dl/1-2.pdf
(平成16年版厚生労働白書 第2章 現代生活に伴う健康問題の解決に向けて)
●https://medicalnote.jp/contents/180508-002-CK
(細菌とウイルスの違いとは?)
●https://kenko.sawai.co.jp/theme/202009.html(サワイ健康推進課)
●https://www.kohkin.net/(抗菌製品技術協議会)
●http://www.isikin.com/ozone/effect/(石川金属機工 オゾン水の効果)
●https://nissenken.or.jp/control/wp-content/uploads/2019/07/20190701_2.pdf
(プラスチック類の抗ウイルス性試験 受付開始 SIAA 申請用試験にも対応)
●https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210322/pr20210322.html
ウイルスを短時間で不活性化できるコーティング技術を開発
●https://www.kistec.jp/r_and_d/project_res/photocatalyst_index/
(地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所)
●https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=39
(環境省「環境展望台」光触媒)

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