「専門家」は「カッコつきの専門家」と読みます。
「専門家」は、決してインチキというわけではありません。ただ本物の専門家とは呼べないときに「専門家」と呼びます。
例えば新型コロナウイルスの領域では、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、カッコがつかない本物の専門家といえます。
一方で、大学の医学部を卒業したあと感染症に関わったことがない医師が、テレビニュースの情報を集めてブログで感染症対策について語っていたら「専門家」の可能性が高いでしょう。
「専門家」の情報もあなどれないことはありますが、コロナ感染症対策は健康と命に関わることなので、ここはやはり専門家が発信する情報を集めて行動すべきだと思います。
この記事では、正しいコロナ感染症対策を探している人が、どのように情報を集めたらよいのかを解説します。
なぜ「カッコつきの専門家」の意見はリスキーなのか
それほど重要でない情報を集めるときは「専門家」の見解も有効です。
趣味のことやグルメのことなどは、「専門家」や事情通のアマチュアの意見を参考にして動いてもよいと思います。なぜなら、行動に失敗したときのリスクが小さいからです。おいしいといわれているレストランの料理がおいしくなくても、被害は料理代くらいで済みます。
しかし重要なことをしようとしているときや、失敗すると損害が大きくなるときは、「専門家」の意見を信じてしまうことはリスキーです。
精神科医が、感染症の専門家の話を聞く人を非難するおかしな構図
コロナ感染症対策で「専門家」の意見を参考にしてしまうリスクを紹介します。
「PRESIDENT」に2020年6月、「コロナ対応を『感染症の専門家』にしか聞かない日本人の総バカ化」という記事が掲載されました(*1)。
過激なタイトルですが、PRESIDENTは、株式会社プレジデント社(本社・東京都千代田区)というしっかりした出版社が発行している、しっかりした経済誌です。
また、筆者は大学医学部教授の精神科医なのでしっかりしている記事といえそうです(*2)。
この記事の主な主張は次のとおりです。
<「コロナ対応を『感染症の専門家』にしか聞かない日本人の総バカ化」記事の主な内容>
- 政府は感染症の専門家の話ばかりに耳を傾け、いいなりになっている
- 政府がステイホームの政策を立案するとき、感染症以外の専門家や医師の意見を求めなかった
- 精神医学的な悪影響を考えない「とにかく家から出るな」という対策が正しいとは思えない
- なぜなら自宅に閉じこもり続けると、うつ病、アルコール依存、ロコモティブシンドローム(運動器症候群)のリスクが高まるから
これを、精神疾患に関する記事と考えるのであれば、精神科医が書いているので、「」がつかない本物の専門家による情報といえます。
しかしこの記事の見出しは、コロナ対応について、感染症の専門家の意見を聞くのはバカだと断じていて、それは疑問符がつきます。
なぜなら、コロナ対応や感染拡大防止策の本物の専門家は、感染症学の研究者だからです。政府がコロナ対応について、感染症の専門家=感染症学の研究者に話を聞き、ステイホームなどの施策を決めることは理にかなっています。
コロナ対応についての見解を求めるなら、精神科医ではなく、感染症の専門家のほうがよいでしょう。
*1:https://president.jp/articles/-/36337
*2:https://www.iuhw.ac.jp/daigakuin/staff/cat/cat21/4453.html
専門家が「専門家」になる瞬間
上記の考察をまとめてみます。
- PRESIDENTの記事の筆者は精神科医なので、コロナ禍と精神疾患について語るときは本物の専門家といえる
- PRESIDENTは経済誌であり、精神科医は感染症学の研究者ではないので、感染症の拡大防止を語るときはどちらも「専門家」である
専門家はしばしば、自分の専門領域を離れて語ることがあります。しかしどれだけ長く深く勉強と研究と調査を続けてきた専門家でも、自分の専門領域を離れたら「専門家」ですし、もしかしたら門外漢になっているかもしれませんし、素人同然かもしれません。
このような、専門家の「専門家」化現象は、コロナ禍で散見されました。
ある国際政治学者は、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーの発言を「宗教指導者のよう」と攻撃したり、同分科会が2021年11月に示した感染状況の新指標について「まったく評価できない」と非難したりしています(*3、4)。
また、元財務官僚が、対人接触8割減を提唱した感染症の研究者を「純粋な科学より、自らの主張を立証するための政治にみえてしまう」と批判しています(*5、6、7)。
いずれの主張にも含蓄があり、コロナ感染症対策を評価するときは政治的な視点や財政的な視点も欠かせませんが、両人とも感染症の専門家ではない点には注意しなければなりません。
注意が必要なのは、「専門家」の意見が、一般的な生活者の個人的な意見となんら変わらないことがあるからです。
生活者が周囲の情報をかき集めてなんとなく「政府のいうことってあてにならいよね」と言っているように、「専門家」も、それと同じ周囲の情報を根拠にして「政府のいうことはあてにならない」と言っていることがあります。
しかし本物の専門家は、自分の専門領域について語るときは、そのようないい加減な発言はしません。それで専門家の意見は参考にできるわけです。
*3:https://news.livedoor.com/article/detail/20217990/
*4:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2021/11/09/kiji/20211109s00041000205000c.html
*5:https://www.daily.co.jp/gossip/2021/09/05/0014654049.shtml
*6:https://www.med.kyoto-u.ac.jp/organization-staff/research/doctoral_course/r-135/
*7:https://facta.co.jp/article/202009027.html
「カッコつきの専門家」の見破り方
専門家が「専門家」になることがあるので、「専門家」をみつけることは簡単ではありません。そして多くの「専門家」は学歴が高く、輝かしい経歴を持ち、賢く、話が達者なので専門家にみえてしまうことがあります。
ではどのように「専門家」をみわけたらよいのでしょうか。
エビデンスを示さない、またはエビデンスが弱い場合は注意を
エビデンスとは科学的根拠や医学的根拠のことです。専門家は、社会に向けて何かを主張するとき必ずエビデンスを示します。
しかし「専門家」はエビデンスを示さず主張していることがあります。自分の専門外なのでエビデンスを用意できないからです。
それでも誠意がある「専門家」はエビデンスを用意しますが、弱い傾向があります。弱いエビデンスとは、古いデータや出典が明白でない情報や論文になっていない説などのことです。
肩書が弱い、または関連する職歴がない場合は注意を
「専門家」は、自分の専門領域での肩書はぶ厚いのですが、その外を出ると薄くなります。先ほど紹介した精神科医も国政政治学者も元財務官僚も華やかな経歴を持っていますが、感染症や感染症対策に関するキャリアは、少なくとも公開されている略歴のなかには1行もありません。
そして「専門家」は、関連する仕事に携わったことがない場合がほとんどです。本物の感染症の専門家が、感染症が問題になっている現場に足を踏み入れているのとは対照的です。
言葉が大袈裟、または専門家の見解の逆の発言をしている場合は注意を
「専門家」は頻繁に批判や非難をします。なぜなら「専門家」たちは、本物の専門家に任せておけない思うときに声をあげるからです。
そしてマスコミを通じて批判・非難をする人は注目を浴びたがるので、その言葉は大袈裟になったり極端に大胆になったりします。
先ほど紹介した「専門家」たちの言葉も「総バカ化」「宗教指導者のよう」「まったく評価できない」「政治にみえる」と、単純かつ辛辣(しんらつ)です。
また、複数の信頼できる専門家の見解と真逆のことをいっていたら注意したほうがよいでしょう。悪意のある「専門家」は、本物の専門家のちょっとした失敗を強調することがあります。
自分の意見の支持者が増えると利益になる人には注意を
自分の専門ではない領域のことに言及するのは、リスクがあります。専門ではないので調べが足りず、間違ったことを言ってしまうかもしれないからです。
もし間違ったコメントをしてしまうと、「よく知りもしないで発言するからだ」といわれ、恥をかきます。専門家も「専門家」も、世間から正しいことをいうことを求められているので、間違ったコメントは自身の輝かしい履歴に傷をつけることになります。
では、リスクをおかしてでも自分の専門外で「専門家」として振る舞おうとするのはなぜでしょうか。
それは、利益が生まれるからです。
例えば、先ほど紹介した国際政治学者は、コンサルティング会社を経営しています。同社のホームページによると、コンサルティングの対象は、社会的課題、日中韓関連、日本人の価値観となっていて、さらに講演やセミナーといった事業も行なっています(*8、9)。
つまり、専門家として発言しながら、「専門家」としても発言していけば、さまざまな領域のコンサルティングや講演やセミナーを実施でき利益が生まれます。
このような事情を抱えるのは国際政治学者だけではありません。
ある著名な教育評論家は、子供の行方不明事故が発生したとき、その子の親が「警察に逮捕されるだろう」といったコメントしました。親が犯人であるとにおわせたのです。しかしそれは事実ではありませんでした。教育評論家は間違いを訂正し謝罪に追い込まれています(*10、11)。
この教育評論家はさらに、自身のブログに新型コロナ・ワクチンについて「接種時に副反応がなかった人ほど感染しやすくなるようです」とつづり、医療の専門家から間違いを指摘されました。そして「そのような科学的根拠は存在しないことが確認できた」と間違いを認め、やはり謝罪しています(*12)。
教育評論家は、子供については専門家ですが、子供が絡む犯罪については「専門家」か、もしくは素人といってよいでしょう。この教育評論家は元は高校や中学の教師でしたので、感染症治療についての知識は一般の人たちと同じレベルであると推測できます(*13)。
専門家になれなくても、世間から「専門家」と認知されればテレビ番組や新聞記事、雑誌記事などでコメンテーターとして発言でき、出演料やコメント料を得ることができます。
もちろん、無料でコメントする「専門家」もいますが、その場合でも知名度が高まることは彼らの利益につながります。
「専門家」を名乗ることで利益が発生している場合、そのコメントや発言の信憑性が疑われてしまうのはやむをえないでしょう。
*8:https://yamaneko.co.jp/about/
*9:https://yamaneko.co.jp/services/
*10:https://www.huffingtonpost.jp/2016/06/06/naoki-ogi-was-critisised_n_10316904.html
*11:https://ameblo.jp/oginaoki/entry-12166045452.html
*12:https://ameblo.jp/oginaoki/entry-12692889568.html
*13:https://www.sbrain.co.jp/keyperson/K-2864.htm
なぜ本物の専門家の意見に耳を傾けるべきなのか
「専門家」たちの意見が間違っている、といっているわけではありません。「専門家」たちの意見が正しいことも多々あるでしょう。
この記事で指摘したいのは、コロナ感染症対策のような重大事においては、仮に「専門家」の意見を参考にすることはあっても、最終的には本物の専門家の意見に耳を傾けたほうがよい、ということです。
ではコロナ感染症対策ではなぜ、専門家たちの意見が重要になるのでしょうか。
長年その研究に携わっているから
コロナ感染症対策行政を牽引しているチームの1つに、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会があります。ここには記者会見によく出てくる尾身氏を含む20人が参加しています(*14)。
20人のなかには、東京商工会議所議員や慶応義塾大学法科大学院教授、読売新聞東京本社常務といった肩書をもった人たちもいます。政府のコロナ感染症対策では、経済問題や法律問題、世論の問題なども扱わなければならないので、これらの人たちも本物の専門家といえます。
しかしここで注目したいのは感染症や医療についての専門家です。
同分科会のメンバーのうち、感染症や医療の専門家4人の略歴を紹介します。
<新型コロナウイルス感染症対策分科会の感染症・医療の専門家とその略歴>
●尾身茂氏の略歴(*15)
・地域医療機能推進機構の理事長
・自治医科大学卒の医師、医学博士
・WHO(世界保健機関)に勤務し西太平洋地域のポリオ根絶に関わる
・自治医科大学予防生態学教室助手
●脇田隆字氏の略歴(*16、17)
・国立感染症研究所所長
・名古屋大学医学部卒の医師、医学博士
・東京都臨床医学総合研究所、微生物研究部門、研究員
・東京神経科学総合研究所、微生物学・免疫学研究部、主任研究員
・ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院癌センター客員研究員
●押谷仁氏の略歴(*18)
・東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授
・東北大学医学部卒の医師、医学博士
・テキサス大学、公衆衛生大学院、公衆衛生修士
・国際協力事業団感染症対策プロジェクト長期専門家
・WHO西太平洋事務局、感染症地域アドバイザー
●舘田一博氏の略歴(*19、20)
・東邦大学微生物・感染症学講座教授
・長崎大学医学部卒の医師、医学博士
・スイス・ジュネーブ大学とアメリカ・ミシガン大学の呼吸器内科に留学
・日本感染症学会理事、日本臨床微生物学会理事、日本臨床微生物学会副理事長、日本環境感染学会理事、日本化学療法学会常務理事を歴任
これだけの学歴と研究歴と仕事歴があれば、この人たちがコロナ感染症とコロナ感染症対策の本物の専門家であることは疑いようがありません。
だから彼の発言を信用することができます。
*14:https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/corona22_gaiyou.pdf
*15:https://medicalnote.jp/doctors/161202-001-TN
*16:https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000040280789/
*17:https://www.tokyo-sk.com/wp/wp-content/uploads/2021/02/e042ca7961c0a4a499d6f48717ca82c9-1.pdf
*18:https://researchmap.jp/oshitanih
*19:https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=1191
*20:https://www.toho-u.ac.jp/toho_now/j5mt8h000000m6cw-att/tohounivTOHO-NOW201510HP2.pdf
自分が提供する情報に責任を負っているから
専門家かどうかを見極める基準に、自分が提供する情報にどれだけ責任を負っているか、があります。
例えば、尾身氏、脇田氏、押谷氏、舘田氏たちが感染症や微生物(ウイルス)について間違ったことをいえば、自分自身の名誉だけでなく、自分がトップを務める組織の信頼も傷つけることになります。
この4人は、感染症や微生物に関するコメントについて重大な責任を負っています。その責任の重さは、「専門家」が負う責任と比べるべくもありません。
そのため、「この人たちが嘘をつくわけがない」「間違ったことをいうわけがない」と推定することができます。
政府や自治体などの公共機関が発信する情報に関わっているから
この4人は政府の分科会のメンバーなので、政府が発信するコロナ感染症に関わる情報に責任を負っています。
政府や自治体や大学病院などの公共機関が発信する情報に関わっている人は、本物の専門家である可能性が高いでしょう。
国民も住民も企業も、公共機関が発表する情報を信じて行動するからです。そのためその情報は、絶対的に正しいことが求められます。それで公共機関は、本物の専門家に意見を求めようとします。
本物のエビデンスを持っているから
京都大学大学院医学研究科、環境衛生学分野教授の西浦博氏は、人どうしの接触を減らすなどの対策を取らないと日本で40万人が亡くなる恐れがあると警告したり、東京都のコロナ患者は1日1万人になることもありうると発言したりしています(*21、22)。
しかし、2021年11月13日までの日本人のコロナ死者の累計は約18,000人ですし、東京都の1日の最大感染者数は同年8月13日の5,908人でした(*23、24)。
予測を大きく外したことで、西浦氏はマスコミから叩かれています(*25)。
それでもなお西村氏は、コロナ感染症とコロナ感染症対策の専門家であるといえます。そういえるのは略歴はもちろんのこと、有力なエビデンスを持って提言しているからです。
西浦氏は厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードのメンバーで、この組織は、コロナ感染症対策に必要な医療・公衆衛生分野の専門的・技術的なことを同省に助言します。
西浦氏はアドバイザーボードが開催されるたびに、膨大な量の資料を提出します。以下は、2021年7月28日の第45回アドバイザリーボードで提出したA4用紙123枚分の資料の一部です。
<西浦氏が2021年7月28日の第45回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードで提出した資料の一部>
これだけのエビデンスを持って情報を提供している人は、例え予測を外したとしても、依然として本物の専門家といえます。
もちろん予測を外したことはよいこととはいえません。しかし大量の確かなエビデンスから導き出した予測であり、他の専門家から西浦氏の予測の立て方に問題があると指摘されていなければ、外れた予測であっても人類にとって貴重なものです。なぜなら、エビデンスがしっかりしていれば、なぜ外れたのか検証することができるからです。
*21:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58067590V10C20A4CE0000/
*22:https://www.m3.com/news/open/iryoishin/943518
*23:https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-world-map/
*24:https://www.tokyo-np.co.jp/article/139731
*25:https://www.chunichi.co.jp/article/333487
生活者にとって困った専門家もいるし役立つ「専門家」もいる
さてここまで、専門家はすごい、「専門家」はすごくない、という論調で考察してきましたが、その逆も起きています。
国民にとって困った専門家もいます。それは専門用語を多く使ったり、そもそも情報発信をしなかったりする専門家です。何を研究していて、どのように役立つのかがわからないと、生活者は専門家の知見からメリットを得ることができません。特にコロナ禍のような緊急事態では、生活者は「要するにどういうことなのか」を知りたがります。生活者は専門家に、それに端的に答えて欲しいと要望します。
したがって「専門家」が門外漢として専門家を批判するとき、それが生活者の声を代弁していることがあります。生活者は直接、専門家に「要するにどういうことなのか」と尋ねることができませんが、地位を確立した人なら「専門家」になって専門家に対して「現状はおかしい、どうなっているんだ」と詰め寄ることができます。
まとめ~本物に尋ねよ
専門家と「専門家」の区別が難しいのは、単純に本物と偽物にわけることができないからです。専門家は本物で間違いないのですが、「専門家」が必ず偽物とは限りません。
「専門家」が必ず害悪をもたらすわけでもありません。小難しい専門家の話を「専門家」が単純明瞭に翻訳してくれることは、生活者にとって有益です。
しかし、明らかにいいすぎている「専門家」がいて、そのような人の発言には注意しなければなりません。
また「専門家」には口が達者な人が多い傾向にあるので、専門家が言い負けてしまうこともあります。そうなると「専門家」のいうことが正しく、専門家が間違っていると誤解してしまいます。
コロナ感染症対策のような重大なことは、「すごい情報だ」と思ってもすぐに鵜呑みにせず、専門家がその情報についてどのように考えているのか確認しましょう。